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予告通りの兄貴の話1

予告通りの兄貴の話1
その名はSir. John Johns。
アンチかわがままか妄想か判らない発言で世(の一部)を煙に巻く。
前衛とPOPの狭間で音楽(と周りの人)に煙を撒く。

又の名をAndy Partridge。
快感という名の記号を冠し、毒にも薬にもなり得る音楽、作り続けて30余年。
私の人生より少しだけ歴史の長いその音楽は、幾つになっても解き明かせない小難しい文学のようで、
でもその人懐っこくも普遍的なメロディのせいで高尚感は全く無いんだな。

XTCだとか成層圏の侯爵という、一番好きなバンドのフロントマンの話。

いや、兄貴って風情ではないな。
やたら面白いんだけどよく分からないし仲良くなり難い学校の先生、な感じがします。

アーティストというよりは思想家の類。
(長いのでいつかに続く)

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コメント

こんにちわ、「XTC」検索で拝読しました。
マイスペースで御作も拝聴しました。よい歌だと思います。
さて、アンディ・パートリッジですけれど、
思想家のようには私は思いません。
彼は、ある種の動物が音波を発射してその反響で外界を知るのに似て、
ギターと言う楽器の音を触覚にして、世界を捕捉して、
その写像を自らの脳中に作るのですが、
それは、像と言うより、実体と化したものなのです。
その写像の過程に於いて、あるいは無知のためなのかもしれませんが、
その方法に何らの規定のものがなく、また、非常に大きく偶然性に依っているです。
彼は、自分の生を自ら観賞でき、またそれで遊べることの出来る玩具を作っているのです。
ただ、愉快だからそうしてるだけなのです。

投稿: ノエルかえる | 2011年1月24日 (月) 19時25分

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